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川崎市登戸通り魔殺人事件に思うこと

ちょっと本当にどうなってるんだ、というのがまず最初に思ったこと。

事件の経緯についてはあらゆるところで報道されているので詳細を書くつもりはないです。

犯人がその場で自殺をしてしまったので、真相がわかることはこの先ないのでしょう。それがまた、この事件の絶望を色濃くしています。

せめて犯人の動機が知りたい。そしてこんな事件を起こした犯人をしっかりと公的な場所で裁いて欲しい。

それでどうなるわけでもないですが、亡くなった遺族の方はそれすらもできず、ただただ自分の家族が理不尽に殺された、という事実だけが残ってしまう。

想像するに、それはもう本当に絶望的です。救いがない。どこにも怒りや悲しみをぶつけられない。行き場のない地獄のような事件でした。

一人で死ねは自粛するように、という話

このニュースの胸糞の悪さに、Twitterで「一人で死ね」という言葉が拡散されました。僕のTwitterアカウントのTLにもこの言葉が現れました。そしてこうした発言は謹んでほしい、という言説が流れました。模倣犯みたいなものにつながる恐れがあるから、ということでした。

当然模倣犯は出てきてほしくない。こんな無差別殺人は本当にもうやめてほしい。それはそうなんだけど、でもこの事件ではそんな感情をぶつけることすらできないのでしょうか、とも思ってしまいます。だって、もう何もできないじゃん。犯人が死んだら、もう終わりなんです。冷静になれば「やめたほうがいい」というのもわかるけど、冷静になってられるんですかね、という話です。僕はこの事件の被害者の遺族でも知り合いでもなんでもないけど、今回の事件には怒りを覚えました。あまりにも無責任すぎませんか、と。

犯人も悪いけど、そんな人を生み出してしまうこの国を正さなければ、という話

そしてこれもよく見ましたね。うん、正論ですよ。まったくその通り。ここまで信じられない事件を起こしてしまうくらい犯人は何かに追い詰められていたのかもしれません。そしてそれは日本社会の闇の縮図なのかもしれません。

でも、それでも悪しきは犯人です。日本社会のせいじゃない。あくまで攻めるべきなのは犯人であって、その次にこんな人を生み出した日本社会の問題点を議論する、という流れであるべきです。

僕が許せないのは、児童を襲った、ということです。抵抗できない、自分より非力な存在を襲った、ということです。

変な言い方をしますし勿論本意ではないですが、もしこれが大人の列に向かって襲っていったなら「怖い事件」で終わったと思うんです。でも今回襲われたのは小学生の子供たち。「子供なのにかわいそう」というか非力な存在に対して有無を言わさぬ暴力を振りかざしたのが本当に許せない。

何か不満があったのなら、大人に言えばいい。不満の原因が児童にあるとはあまり思えません(一部では児童たちの声が騒がしかったのが原因、なんて報道も見ましたが)。

本当に、何の罪もない。加えて抵抗できない非力な存在を襲う。そして自分も死ぬ。

まともな精神状態じゃないんでしょうよ。そこまで追い詰める日本社会が悪いんでしょうよ。でも、じゃあどうすればいいんだよ、という。

ここまで救いようのない事件なんてそうそうないです。こんなに感情が揺さぶられる事件はそうそうないです。

悪いのは犯人です。日本社会じゃない。でも、それでももう何もできないのが、悔しくて仕方ありません。

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