意識高いと揶揄される雰囲気が嫌い

どれくらい騒ぎになってるのか一般的な影響力はよくわかんないけど、また学歴詐称問題が一部で騒ぎになってる。僕のtwitterのTL界隈では割と話題になってるみたいで。

それは疑惑というか本人が認めてしまったので疑惑じゃなくて事実。東京大学卒業で複数の事業を立ち上げてる、という経歴でいろんな講演実績があったそうだ。ただ実際は東大ではなくあんまり名前を聞いたことがない大学の卒業で事業立ち上げ経験もないそうで。

何でそんなことしなくちゃならなかったのかな、とはまず思うこと。学歴に強烈なコンプレックスがあったのか、そうでも名乗らないと立ち回れない仕事があったのか、最初は軽い気持ちで嘘ついたらそれが留まらなくなったのか。

その辺は、わかんない。まあ、多少盛ったりすることは誰でもあるよね、見栄は張りたくなる欲求は誰にでも、ある。

転じて、意識高い界隈への批判

ただ、この話の本題とは別のところで一部批判が渦巻いてるみたいで。というのも、この問題をご本人が白状したfacebookのコメント欄が、彼の友達の擁護発言で埋め尽くされていることを「気持ち悪い」と思った人がいるようで。

そのコメント欄はざっとしか見てないけど(僕が知ってる人もコメントしてた)、要は「偽っちゃったのは悪いけど、お前はお前だし気にすんな」「どこ出身でもお前は友達!」的な。

何が気持ち悪く見えたのかはなんとなくわかる。結局意識高い界隈は狭い世界で、そこにいる人たちが盛り上がってるのをSNSを通じて第三者が見ると「??」となっちゃう。内輪騒ぎを外に発信しちゃってることになるので。まあそれが悪いことなのかどうかはわかりません。SNSの使い方、捉え方がそもそも違うのかもしれない。意識高い人たちは少なからず承認欲求が強いと僕も思う。自分たちの活動や成果をSNSで見せたがるから。そしてそれを気持ち悪いと思う人たちがいる、という構図。

でもね、と思うんですよね。まあ、経歴詐称自体を棚に上げといて「お前はお前!」なんてSNSじゃなくて個別DMとかで送ればいいのに、と僕だって思う。そういう話じゃねえだろう、と。

ただ、詐称問題そのものを弾糾するならともかく「ほれ見たことか意識高い系は」と揶揄する人たちは何だかなあと。

今回の詐称した人が意識高い界隈の成功者的な人だったせいで、詐称問題そのものじゃなくて「意識高い人種」への批判になってるような気がするんですね。「結局意識高い奴なんてこんなもんなんだよ!」みたいな。

意識高いのがいいかどうかはわかんないけど、意識低かったら社会で変革は起きないと思う。意識高い彼らは、確かにまだ道半ばなのかもしれない。それなのに偉そうにSNSで発信すんなよ、と思う気持ちもわかる。でも、そうやって意識の高い活動そのものを潰しにかかるのはやめてくれないかなあと。話の論点は意識の高い低いじゃないでしょう。

僕はコメンテーターが嫌いです。必要悪というか批評家の価値があるのはわかるけど、「ならお前がやってみろよ」と言いたくなっちゃう。失敗しようがアウトプットしてる人で僕は居続けたいと思うし、それを自分がリスク負わない位置から偉そうに能書き垂れる奴が嫌いです。

今回問題になった詐称の人の事はよく知らないけど、経歴を詐称しててもいろいろ実績残してるんだからすごいなーと僕なんて普通に思うけどね。

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