セックスに意味はあるのかー漫画「セッちゃん」を読んだ感想

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ネタバレなし!セッちゃんとはどんな漫画か

たまたま知った漫画、セッちゃん。女性イラストレーターが書いた漫画らしいです。雰囲気、今日マチ子さんとかに似てますね。
誰とでも寝る女子大生、セッちゃんが主人公の一巻完結の漫画。一巻完結ってとこに惹かれてkindleで書いました。1000円と、ちょいと高めでしたが、まあいいかと。

セっちゃんの「セ」はセックスのセです。何に対しても感情や意思を持てないセッちゃんが、とある事件というか流れに巻き込まれていく物語。
この物語の結末は、漫画が始まる最初の1コマで書かれているのですが、なかなかに衝撃。

セックスの話が出てくるのにベッドシーンは全く出てこない。でもそれでも、読後感は何だかどろっとした感じというか、言葉に言い表せない虚無感と恐怖感に襲われます。
物語のネタバレはしませんが、人生の意味とか日常生活へのふつふつとした疑問や不安がある人は読んでみるといいかもです。

セックスに意味を見出したかった学生時代

さてここから話は少し変わりますが、僕は結構筋道とかそこに至るまでの過程とか、何においても考えちゃうタイプです。コンテクストを大事にするというか。

だからセックスについて、過度な幻想を持っていたタイプの男子でした。過去形なので、今はそうでもないんですけど。

この物語のセッちゃんの好きなセリフで「セックスにはありがとうもごめんもないからめんどくさくない」というものがあります。彼女にとってセックスはめんどくさい人間関係から解放されて、お互いの利害関係がスッキリする方法の一つでしかないんだと思います。

新田章の「あそびあい」という漫画にも、誰とでも寝る主人公の女の子がいました。彼女もセックスに大きな意味を見出しておらず、ただ単に「気持ちいいから」という理由だけであらゆる男と寝て、彼女のことが大好きな男の子を苦しませます。この漫画についても以前書いてるのでよかったら読んでください。

僕のものにならない女の子に、僕らは惹かれる。「あそびあい」(新田 章)
誰とでも寝る女子高生と彼女が好きで好きで仕方ない男子高生のお話。 どこまでいってもつかみどころがなく、近づいたと思っても離れていくこういう女の子は嫌いじゃ、ない。

んで話は戻りますが、僕は今ではセックスに大きな意味は求めていません。ただ、学生時代には意味を求めていました。あの行為自体に何か神聖なものを求めていたというか、自分の存在価値を認めてもらえる唯一の方法がセックスだったんだと思います。なんつうか、一人の人間に認めてもらえた感がすごいというか。女性にとって、決して軽いものじゃないからですね。他の人にはさせない事を僕には許してくれた、みたいな承認欲求が満たされる行為だったんだと思います。

僕とセックスした事にはあなたにとって何かしらの意味ってあるよね!?!?!?という、重くて痛い男子学生だったわけです。

ただまあ、僕の場合はですが大学四年から社会人一年目くらいにかけて、そこそこやんちゃな経験をたくさんしました。そしてそのうち、セックスという行為自体にそこまでの神聖さを求めなくなりました。変な言い方をしますが、タイミングが合えばお互い好きじゃなくてもするんだな、という事を知ってしまったからだと思います。

勿論、気軽な行為ではありません。女性にとっては身体のこともあるしこの漫画の主人公みたいに誰とでもするわけじゃないことはよくわかっています。

変な言い方をしますが、女性だって人間なのだという事を僕は学んだんだと思います。セックスに幻想を求めていた頃は、ひょっとしたら僕は女性を自分と同じ生き物だと思っていなかったかもしれません。僕は自分のことしか考えてなくて、とても視野が狭かったんじゃないかと思います。女性のことを、自分の存在を肯定や否定してくれる存在だと思っていた節があります。まあ、甘えていたんでしょうね、女性という存在に。
女性という対象を通して、僕が望んでいたのは自己承認だったんだと思います。

ただ途中からそうではなくなりました。女性も一人の人間であり、性欲だってある。僕と同じように色んな事情を抱えているしお互いのタイミングというものがある。



それを知ってから、僕にとってのセックスというのは、なんというんでしょう、ある種の合意形成みたいな感じになりました(何言ってるかわかんないかもですが)。

変な話ですが、こうなってから僕は性欲主導のセックスという事をしなくなりました。
以前は、それこそチャンスがあれば「据え膳食わぬはなんとやら」的な勢いでしたがそうではなくなりました。ちゃんと好きになった人とか「この人はとても仲良くなりたい」と思った人としかしなくなりました。自分の承認欲求を一方的に相手に押し付けるような事をしなくなって、お互いの利害が一致した時にする行為、というような感じになったのです(と言ってもそんな理屈っぽい言葉は実際には使いませんが)。

と、、、何だかよくわからない事を書きました。こんな事書いていいのかどうかわかんないですが、漫画「セッちゃん」にはそれくらいの磁場がある漫画だと思っていただければ幸いです。

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