映画「何者」を見た感想〜とはいえ、何者にもなる必要ないと思う

朝井リョウ原作の映画「何者」を見ました。AmazonPrimeで無料であったのです。
いきなり話逸れますが、Amazon Primeに入っていない人類っているんでしょうか?なんでこんな揃ってるんですかね?
入ってない人は多分色々と損してるのでいますぐ入った方がいいと思います。学生なら月200円ですよ。映画2本見たら元取れます。

まあそれはいいとして。

この映画の原作となった小説は数年前に読了済。当時働いてくれていたインターン学生が「これやばいっす」と言って貸してくれました。
ちなみにその子は現在社会人2年目。某大手企業で働いていて、去年の冬に一回飲みましたが、なかなか色々としんどそうでした。

この物語は一言で言うと「就活を通して描かれる自我の模索と承認欲求」と言うことになると思います。
就活がテーマのようになっていますが、多分物語の本質は就活じゃなくて「大学生」と言うモラトリアム期間と社会の境界で苦しむ若者達の心象風景だと思います。
ちなみに就活シーンが出てきますが、割とリアル。よく考証して再現しているなあと思いました。

何者にもなれない事に苦しむ必要はない

就活って、何かになろうとするプロセスです。
多くの日本人学生の場合、取り立てて専門性も持っていない中で就活を通して社会に無理やり適合させられていきます。就活で言う「自己分析」を通して、もしくは「業界企業研究」を通してこれまでの自分を振り返り、社会や企業を見たような気になって自分を半分騙しながら就職活動を進めていく事になります。

この過程の中で自分のこれまでの人生に価値を見出せず、絶望する就活生が毎年大量に発生します。「ああ俺は今まで何もしてこなかった」となるわけです。
企業の理不尽な対応に「これが社会か・・・」と畏れおののき、周囲の学生がやたら優秀そうに見え、それに比べて自分はなんてちっぽけなんだとなるのです。

映画見ていて思いましたが、ああ、僕はやはり就活が嫌いだなあと久々に思いました(笑)。

ただ上述した通り、この映画の主題は就活批判じゃありません。若者特有の葛藤とジレンマがテーマです。

ただねえ、僕はこの映画に限らずいつも思うのですが、学生は「何者」かになる必要なんてないんですよ。勿論、常に自分を棚卸して客観的に見るプロセスは大切だと思いますけど、学生時代のうちに「何者か」になれた人なんて僕が知る限りほぼいない。まだ全員模索中で苦しんでいる。そしてそれでいいんだと思います。誰も完成なんてしないんです。

なんなら、僕だってまだ何者でもない。一流スポーツマンとか芸能人とか俳優とか成功した起業家とかそう言う人たちは何かになれたんでしょうが、そうじゃないサラリーマン達は全員何者でもないですよ。まあ、昨今言われている「個のブランディング」が進んでいけばサラリーマンでも何かになるのかもしれませんが、「自分が何者でもない」事に学生が苦しむ必要はないんです。

もっと言っちまえば、悩む事自体が無意味だし無駄です。それなら自分が何者でもない前提で何かに対して精進した方が全然健全。

この映画にも度々出てくる「上から目線でマウンティングしてくるやつら」もまだ何者でもありません。ただ見せ方が偉そうなだけです。
だからそこでそんな悩まないでほしいなと、そう思うんですね。

とはいえ、こう言う若者が増殖するのは日本の社会の問題

僕は仕事柄、こういう学生達と毎年のように出会います。
彼彼女達は、大学2年生までは個性的でイキイキとしているのに、大学三年生になると「就活戦士」になって社会のルールに自ら飛び込んでいって溺れていくのです。

僕はそれがとても悲しいなと思っています。

結局、学生達は「自分が何者か」の「何者」の選択肢を、社会や大人が作った選択肢に当てはめようとしているんだと思います。
大人が作った型に自分をはめようとしてはめ方がわからなかったりはまんなかったりして苦しむのです。そりゃハマるはずないじゃんね、まだ働いたことすらないんだから。

型にはめようとする大人も悪いですが、型にはまろうとする学生も悪い。要は、日本人は「何かにハマらないと生きづらい」国なんだと思います。よく言いますよね、レールから外れると厳しくなるのが日本だ、と。

この精神性がどこから来たのか。僕はこれが結構興味があります。四方を囲まれた狭い国土の中で、ごく近い文化的背景と言語を扱う人間達の狭いコミュニティの中で成り立ってきた日本人。あらゆる人種が入り乱れてしょっちゅう他民族と争いしてた欧米人とはそこが違う。

だから日本人の精神性は鎖国的ー。ロジックとしては納得感あります。だがそれが本当にそうなのか、僕はそこに興味がある。民族の歴史的背景が、個人の価値観やマインドに繋がってるのって、面白いなと思うのです。

僕自身、会社というコミュニティの中ではレールから外れています。それレベルでもそこそこ寂しかったり苦痛を感じたりするわけですから、例えば大学に行かないとか就職しないとかの選択肢を取れる人って、本当にすごいと思う。まあ、そこにストレスを感じない人なんでしょうけど、僕のようなごく平均的な日本人が取れる選択肢ではないわけです。

学生には、誰かが用意した「枠」に無理やりハマろうとして欲しくないと思う一方、枠にハマらないとしんどい人生になるということも思っています。
毎年みんなが同じようなことで苦しんで、それがずっつ繰り返されている日本のこの現状。

やっぱり僕は、就活嫌いです。できるだけ距離を置きつつ、何とか自分でできる範囲で変えていきたいと思っています。

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