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【人が死ぬ時】大人になりたくないよ問題

超個人的な話ですが超個人的なブログだからいいとして、最近、親族が亡くなりました。詳しくは書かないけど、まあそれなりに影響力のある出来事でした。
多分僕のパーソナリティに大きな影響を及ぼしていていた人で、なんというか、その人が死んだことで僕のこれまでの人生をなんとなく振り返ったりしました。

今日、お葬式があったのですがその帰り道、僕は、大人になりたくないなあとぼんやりと思いました。30代も後半の男が何を言ってんだ、という感じですが、そう思うのです。

ここ最近、ずっと「合理的」なことと「感情的」なことの境界線について考えています。
きっかけはいくつかあるのですがそのうちの一つが最近断続的に行なっている社会人インタビュー。かつて意欲的だった若者が、社会人になってすっかりと現実的な人になっている姿を目の当たりにしています。未だに消化できてなくて執筆途中で書けていない記事が一本あるので近いうちに公開しますね。

【女の働く理由】男女の仕事観の違いについて | Strobolights
社会に出て数年経った女性社会人数人にインタビューしたところ、彼女たちの多くは疲れ、心と体を壊していました。なぜなんでしょうか。

説明がつくこと、理由があること、現実的に考えて合理的なことー。大人になると、そういうことを大事にするようになります。頑張っても、犠牲を払ってもダメなもんはダメだと経験則的に知っているし、そんな汗かかなくても他にも楽しいことあるじゃん、ということも知っています。

僕の座右の銘は「諸行無常」です。何かにこだわったところでそれはどうせいつか忘れるのだー、と僕自身も思っています。現実的に考えて、リスクの少ない歩き方をしたほうが、大人としては正しいのかもしれません。

ただなあ、と僕はやはり思うのです。どうせ日々生きてるんだから、現実的な考え方じゃなくて多少無理してでもしんどくても楽しいなあと思うことやったほうがいいと思うのです。
それはつまり、理想を求めてもがく、ということだと思うのです。うまくいくかどうかなんてわかんないし多分頭悪いんだろうけど、悩み葛藤する時間そのものが貴重だし、それこそがつまり生きているということなのです。

故人は、そういう意味では葛藤した人でした。どう考えても合理的じゃない決断をした人でした。でも多分、彼は何回生まれ変わっても同じ決断をしたと思います。

つまんない大人に、僕はなりたくないなと改めて思いました。でもまあ、年相応にちゃんとやらんといけないことはやろうと思います。とりあえず、秋物のスーツ買お。

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