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【女子には理解できない?】映画・打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?を観た感想

表題のまんまなんですが、観てきました。不評すぎて館内ガラガラ、とか言われてたけど僕が観たときは半分以上は埋まってましたよ。それがいいのかどうかは分かりませんが。

実際に行った人の話もそうだしネットでもそうだけど酷評の嵐。なんだそんな恨みでもあるのかと聞きたくなるくらいみんなこの映画が嫌いみたい。そういう感想がSNSで広まっちゃうからブームにならず、結果的に興行収入も失敗に終わりそうなのだとか。

更にですね、どうも酷評してるの、女子が多いような気がするんですよね。というわけで完全男主観でこの映画で感じたことを書いてみたいと思います。

「君の名は。」を求めてはいけない

まずはこれですね。ボーイミーツガール、アニメ、夏上映、そして時間遡り系という共通因子を持ちまくる二つのアニメ。そりゃまあ、岩井俊二とか知らない今の世代の若い人たちは「君の名は」的なものを期待するよね。ひょっとしたら爆裂大ヒットするかもしんないもんね。そしたら自慢できるもんね。流行最先端先取りしてる感あるもんね。

そしたら全く違う、と。絵は綺麗だけど、ストーリーの説明はなく、最後も「自分で考えろ」的な終わり方。

「君の名は」は新海誠監督自ら「お客さんが楽しめるようにちゃんと計算して作った」と発言しており、実はこれまでの新海誠作品の系譜からすると「らしくない」作品でした。

で、この「打ち上げ花火」は作家性を前面に押し出していてある意味過去の新海誠っぽい映画だったと思います。

エンタメとして見たらイマイチ。でもそうじゃなくって作品で感じることを楽しむことができれば、そこまで悪い映画じゃないんじゃないかな?というのが僕の感想。

人それぞれのパーソナルな思い出を噛みしめるのがこの映画の鑑賞法

ではこの映画の楽しむポイントはどこなのでしょうか?それはもう、ひとえに「夏の淡い恋のあの感じを思い出す」ということに尽きるのではないでしょうか。成就しなかった恋ですね。

誰しもがきっと、「あの時ああしてれば」とやるせない思いをしたことがあるんじゃないかと思うのです。この映画は主人公の典道くんが何度も何度もやり直しながら「なずな」との一晩の逃避行を続かせる物語です。非現実的で夢物語。でも、人のことを好きになるって、そういうことですよね。理屈じゃない。幻想なのかもしれない。でも幻想だからこそこの作品はビジュアルが圧倒的に美しくある必要があるのです。

ずっと続かない、儚く脆く、でも最高に美しい時間、空間、匂い、感情。誰だって、忘れられない人が一人くらいいるんじゃないでしょーか!そういう人のすっごくパーソナルな思い出を再び呼び起こさせる。この映画は、そんな鑑賞方法が正しいんじゃないかなあと思いますよ。

でもそれって、決して他の人に共有できるものじゃない。どこまでいっても自分のもので他の人には理解しえないもの。だからこの映画が万人ウケしないのは当たり前なんです。みんなが理解できることを目的としていないんだから。配給会社のお偉いさん、そこんとこわかってるのかな。「全然ヒットしないじゃないか!」って、そりゃそうだよ、と。そういう映画じゃないんですよ、と。

理屈で考えちゃう女子には理解できない?

で、最後に暴論。この映画、酷評してるの、女子が多い気がするのです。男はみんな、そこまで好きかどうかはともかく「悪くないんじゃね?」って感じの人が多い気が。

これってなんでなんでしょうね、と思っていたのですが、なんとなく今ではその理由がわかります。
つまり男は昔好きだった”あの子”を自分の中で半睡してしまうから、両手を上げて「この映画いい!」とは言えないけど、胸のどこか奥の方を突っつかれるようなもどかしい感じがして、映画自体に悪い印象は持たない。

でも女子はさ、上書きしちゃうじゃん。昔好きだった人とか、超ドライにしか思い出さないでしょう。もう過去のこととして割り切ってるでしょう。

男はね、違うんだよ。いつまでもあの子はキラキラ輝いてるんだよ、心の中では、いっつもあの可愛い笑顔を見せてくれるんだよ!!!!!!

女性は感情的かと思いきや意外と理論派です。意味とか理由とか、求めるんです。心と頭が別なんです。心がどんなに動いても、意味や目的がないと頭がストップをかけるんです。でも男はそんなこと考えない。どーんとぶつかってばーんと砕ける。そう、まさに花火ですよ。花火に理屈なんてないんです。散る美学。それがいいかどうかは別として。

「花火」がタイトルになっている以上、この作品は理屈じゃない。だって、散ることが前提なんだから。その先なんて、ない。だから女性にはひょっとしたら理解できないかもしれません。

さてこの映画、なづながひたすら艶っぽく描かれてますよね。いやあれ、中一の色気じゃねえだろ、と言いたくなるくらい。前半は子供っぽかったのに後半はもう大人の風格ですよ。一晩で女子はここまで変わるのかねと言いたくなるくらい、色っぽい。で、それが意図的に描かれている。なずながとにかく可愛くて美しく、艶っぽくなるように描かれているわけです。

だって、なずなは、男性の観客一人一人の好きだった”思い出の中のあの子”だから。圧倒的に美しくなきゃいけんのです。そう考えると、この映画は最初から男目線で、男のために作られてるんだなと思いますね。まあそうか、それなら女子は感情移入できるはずがないか。

最後にちょっとだけ違和感があったこと。それはあの制服となずなたちが通う高校の校舎のデザイン。なんであんな近未来的というかいかにも「アニメ」みたいなデザインにしたんでしょーか。普通のセーラー服とかじゃダメだったのかなあ。まああの中途半端なSF感が映画全体の世界観を美しくしてるのかもしれんけどさ。

小説版、読んでみたいなー。
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