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「愛とは何だ」映画ノルウェイの森を観た感想

ノルウェイの森、映画版と小説版の違いは?

映画版、ノルウェイの森をアマゾンプライムビデオで観た。理由は特になくて、手持ち無沙汰で何か映画でも見ようかなと思ってアマゾンプライム開いたらノルウェイの森が出てきたのだ。

あーそいえばこれ、観てなかったね、と。酷評されてるのは知ってたし、「あの小説を映画化するという発想自体が商業的で気に食わん」と思っていたから観ていなかったのだ。でも、一応僕はハルキストだし、アマゾンプライムなら無料で見れるわけだし、ということで観てみたのだった。

結論から言うと、これはこれで悪くないと思った。と言うか、なんか色々考えさせられた。

映像と音楽は泣くほど素晴らしい

まず兎にも角にも、映像美が素晴らしい。多分濃いめに発色してるであろう、広大な森や草原、不気味なほど白い雪、そしてワタナベや直子、みどりが住む部屋の退廃的な美しさ。僕は映画ファンでは決してないから本格的な批評はできないのだけど、それでもこの映像は単純にみてて「綺麗だな」と思ったし、ついつい物語世界にどっぷりと浸かってしまいたくなる深遠な魅力を持っていた。

そしてまた、音楽。ビートルズの曲をタイトルにしてる作品なわけだが、劇中を漂う音楽はビートルズというよりはシガーロス。とか思ってたら、音楽、radioheadのジョニー・グリーンウッドなんですね。知らんかった。直子が死ぬあたりの曲は、残酷すぎるほど美しくて絶望的な音がずーっと鳴ってて、もうなんだか色々と泣き叫びたくなるくらいには没入してしまった。あの曲、欲しいなあ。サントラ、apple musicにないかなあと思って探したけどなかった。残念。

とりあえず、映像と音楽。これ、ちょっとショック受けてトラウマになるくらいに美しかった。物語の残酷さを、もうやめてくれ、と言いたくなるくらいに美しかったのだ。

映画ノルウェイの森は、小説のリミックス盤と捉えるべきだと思う

で、映画版を酷評してる人っていうのは何なんだろうなと一瞬思ったけど、一瞬しか思わなかった。
どういうことかというと、そういう人がどんな批判してるか大体わかるのだ。それはつまり「小説と違う」ってやつ。
うん、それは確かにそう。物語自体は原作と一緒だけど、ぜんぜん違う。
これは原作あるあるだと思うのだけど、このノルウェイの森の「原作との違い」は他の原作もの作品と全く異なると思う。

何が他と違うってもう、原作を再現しようと思っていないというか。上下巻の小説を2時間という枠に収めなくてはならないため、結構大幅にあらゆるシーンがカットされている。これ、小説版読んでない人が映画見ても意味がわからないと思う。

そういう意味で、原作ありきの映画なんだと思う。で、原作についてあらゆる想いを持つ人が見て、傷をぶり返すための映画。「原作読んでなくても楽しめる」映画では決してない。原作は原作でありつつ、新しい解釈や世界観を楽しむための映画、小説版玄人向けの映画なのだ。

映画版で不満なところ

まあ、不満がないわけではない。「うおおおおおおここカットしたら台無しだろおおおおお」ってところもあるにはある。特に個人的に「ちょっと待て」と思ったのは、ラストシーン。死んでしまった直子の葬式をレイコさんとワタナベでして、「ねえ、あれ、しよう」と言ってセックスするシーンだ。

ささやかで賑やかで暖かくて懐かしい葬式のシーンがあるからこそ、その後二人が寝ることに納得感があったし、象徴的なシーンとなっているのに、その葬式のシーンがバッサリカットされ、ワタナベの家にやってきたレイコさんが唐突にワタナベに「やろう」と迫る。これじゃただの欲求不満マダムじゃないか。ここはカットして欲しくなかった。キヅキや直子の自殺シーンとかやめて、2分でもいいから葬式のシーンを作って欲しかった。で、そこでレイコさんの奏でるノルウェイの森を流して欲しかった。で、音楽そのままでレイコとワタナベのベッドシーンに移行して欲しかった。そしたらなー、なんかすっごく泣けてくると思うのだけど。

愛ってなんなんだろうと考え込んでしまった。

なんか自分でまるで予想外だったんだけど、映画見終わった後、ショック受けてしまった。見る前は「酷評っぷりを無料で見てみるかー」っていうノリだったんだけど、映像と音楽の残虐性も相まって、やたらショックだった。

物語自体は小説版となんら変わらないのだけど、あらゆることがバッサリカットされていることで、主人公ワタナベが直子を「救えなかった」ことがとにかく印象に残る。ワタナベを救済する存在であるはずの緑やレイコさんのキャラクターの深堀がカットされているせいか、この二人の存在感はあまりなく、とにかく「愛した末に救えなかった」という残酷な現実だけが印象に残っている。原作である小説版は「悲劇」と語られることも多いが、個人的には映画版の方が重く苦しかった。とにかく救いがなかった。

ところで何故、ワタナベは直子を救えなかったのだろうか。小説では直子もワタナベを愛しており、お互いの気持ちは少なからず通い合っていたように思える。世界に絶望していた直子にとって、ワタナベだけがこの世にとどまる唯一の理由だった。それくらいには、ワタナベを愛していた。ただそれはそれとして、直子の心の奥底に持つ喪失感は消えることなく、ワタナベが緑という現実的な恋人とつながることで心残りがなくなり、まるでそうするべきだったかのように自然と死を選んだ。そう、小説版の直子は死ぬべくして死んだのだ。

ただ映画版は、直子は結局、ワタナベのことなど見ていなかったように思える。二人は心が通いあうことはなく、直子は絶望しきって最後、深く暗い森の奥で絶望しながら一人で死んだように見えるのだ。

変な言い方だが、小説版直子は自分なりの人生を生ききって、その帰着として死があった。ただ映画版直子は結局生を全うする子ができず、もがき苦しみ抜いて死んだように見えるのだ。

ただ、ワタナベも直子に対する愛は小説版も映画版も変わらない。むしろ、直子が救いがない分、映画版ワタナベは救われず、それなのに愛し続けるのだから愛は深いような気もする。
結局、愛とは見返りを求めないことだ。究極、会えなくてもその人のことを大切に思い続けることだと思う。会えないのに思い続けることに意味があるのかどうかは分からない。そして会わなければその想いは消えていくのかもしれない。

ワタナベはそれでも直子を愛し続けた。そして救われなかった。愛が世界を救うなんて嘘だ。どんなに愛しても、通じない相手もいるのだ。ワタナベは、直子を救えなかった。ワタナベの愛では、直子は生きる理由を見つけられなかった。

そう考えると、この物語は、本当に辛く、重い話だったのだな、と改めて思った。
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