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もう後戻りができなくなった時、どうする?

人生というのは激しい乱高下があるものだ。そしてそれは生きている限り続く。今日が素晴らしくても明日は最悪かもしれないし、その逆もある-。
というわけで、本ブログ「Strobolights」で新しい企画をやろうと思います。題して「Career Story」。
タイトルどストレートに別に複雑なことなんて何もなく、僕がこれまで出会って来た社会人で「そういう選択しましたかー」という人を取り上げてご紹介する、という企画です。

特定を避けるため、本名は書きませんし所属企業も書きません。ひょっとしたら少しフェイクを入れたりもするかもしれません。あ、ご本人に許可も取っていません。その方が自由に書けるから。

不定期更新になりますが、何か参考になることもあるかもしれないので気軽な気持ちでお付き合いください。
初回のテーマは「後戻りができなくなった男」です。

会社が変わってしまった時、どうする?

今回の主役は30代半ばの男性。都内のある企業でマネージャーとして働いている。

学生時代から一貫して、彼はアウトローだった。世間でよしとされていることに納得がいかないことも多かった。彼は規則やルールを嫌った。自分がやりたいと思うものに、どこまでも素直で従順だった。

そんな彼が大学卒業後入社した会社は、社員数も少ないいわゆるど中小企業だった。時は2000年代初頭。歴史上、下から2番目の就職氷河期。「就職できればめっけもん」ということで彼は大して興味もなかった会社に入ったのだった。

時代的に、ちょうどインターネットが大爆発する直前の時代。その会社もインターネットやITを主力事業にすべく大きく舵を切るところだった。社歴だけはあったのでベンチャー企業とは言えないかもしれないが、社員数も少ないため小回りが効くのが強みだった。

大して志望もしていなかった割に、彼にその会社は合っていた。インターネット特有の自由な空気感もあり、また会社の規模が小さかったためルールらしいルールも整備されておらず、思った以上に自由に仕事ができたのだった。
営業マンという仕事も、最初は嫌だったが次第に面白みを感じるようになってきた。そうして、遮二無二働いた。今でいうブラック企業なんて目じゃないくらい、昼夜問わず働いた。同じような仲間と一緒にああだこうだ言いながら夜中まで打ち合わせをして、自分たちが納得するまで仕事のクオリティにこだわった。体力的にはしんどかったが、精神的には充実していた。実際彼は、社会人になって会社に入った実感がなかった。まるで、サークルの延長のような感覚だったのだ。仕事に没頭し、成績もメキメキ上がって表彰もされるようになっていった。

そしてインターネットが爆発的に普及していくのに比例するように、会社の売り上げも伸び続け、入社当初は汚い雑居ビルに入っていたのが、都内一等地の巨大ビルに移転するようになった。

社員数も最初は100人程度だったのが、気づいたら数千人単位の会社になっていた。経済産業省の統計上、「大企業」に分類される規模だ。

会社の規模が大きくなるにつれ「社会的責任」も大きくなり、「コンプライアンス」が重視されるようになって来た。これまでは自由にやれていたことが様々な部署の承認が必要となった。入社当時は社員誰しもがフロンティアスピリッツがあり、「攻める」スタンスで仕事をしていたが、いつのまにか守りのスタンスの社員が増えて来た。

そうして彼は、30歳も半ばになった頃に気がついた。今の環境は、自分には合わない、と。いつの間にか息苦しくなっていたのだ。

自分はこの先、このままでいいのだろうか?と彼は思った。先輩達はみな、部長なり支社長なりに昇進し、白髪も増え、ゴルフに精を出し、そして偉そうになっていた。果たして、自分はこうなりたいのだろうか?答えは、明白だった。

年収を倍にするオファー。

そんな時、彼の元にある連絡があった。知人から「ある人が会いたがっている」というのだ。その人は、彼の競合会社の経営層だった。入社当時から、ライバルとして戦って来た会社の経営層。要件は引き抜きだった。

また別のライバル会社からも連絡があった。その会社は社長自ら連絡があり、何事かと会ってみると「グループ会社の社長を任せてもいい」という。社長は彼の年収を聞き「そんな金額なら倍は出せる」と言った。

ライバル会社からオファーがもらえるということは、とても光栄なことだった。自分の力を、実績を買いたい、と言って来ているのだ。こんなに名誉なことはない。だが答えは最初から出ていた。一瞬たりとも迷う余地はなかった。今の会社を辞め、ライバル会社に行く選択肢は彼にはなかったのだ。

彼はこれまで、転職活動を具体的にしたことがなかった。転職活動をする余裕がないほど忙しかったから、というのもあるが、なんだかんだ言いつつ、会社のことを愛していたし自分の仕事にささやかながらプライドを持っていたからだ。

しかし、具体的に外からオファーが来て、彼は初めて「転職」の二文字を頭に思い浮かべた。「そうか、今と違う会社で働くという可能性もあるのか」という発見は、彼に衝撃を与えた。
ちょうど今の会社に対して疑問と限界を感じている時だったこともあり、彼は激しく動揺した。
恩を仇で返すようなことはしたくないー。ライバル会社に行く選択肢は全くなかったが、それでも別の業種でまたゼロから自分の可能性を試してみたい。一度そう思ってしまうと、彼はもうダメだった。

学生時代と変わらず、我慢するのは大の苦手なのだ。そうして、人材紹介サイトにいくつか登録をしてみたのだった。

会社の外で、自分は価値があるのか?鬱になりながら彼が取った選択は?

生まれて初めての転職活動。転職エージェントにアポをとり、彼は何人かのエージェントと会った。しかし、エージェントの言うことは誰もだいたい同じだった。

・30代半ばでの転職は即戦力でないときつい(つまり、同じ業界を勧める)
・異業種転職するなら、年収ダウンは覚悟しないとならない
・年齢的にはこれがラストチャンスだと思った方がいい

彼は悩んだ。同じ業界で転職するのなら、これ以上ないような好オファーが既に二つあるのだ。ただその選択肢はなかった。しかし、異業種に行くと年収が下がる。更にこれまで経験がない業界で、自分がどこまでできるのかは未知数だ。

そうやって考えると、自分には一体、何のスキルがあるんだろうと改めて思った。業界のことはある程度精通している。何をどうすればいいか、経験に裏打ちされた勘所もある。ただそれは、あくまでこの業界の中だけの話であって他の世界で通じるわけじゃない。30代半ばになってゼロから出直してもいい位、情熱を捧げられる仕事に出会えたのならまだいいが、彼の場合はそうではなかった。そんな中途半端な状態で、今の環境を捨てるのは、冷静に考えても得策ではない。

ではオファーがあった会社にやはり行くのがいいのか?今の会社への恩義はどうする?

転職経験者の知人に相談すると「今の会社に恩義があるのはわかるが、それに縛られる必要はない。せっかくいい条件のオファーがあるんだから、それに乗らない手はない」と言う。確かにそうなのかもしれない。だが彼は、どうしてもダメだった。最後のところで、彼は合理的になりきれず、弱いのだ。

中途半端に異業種に行くべきではない。かといって、オファーがあった会社に行くのは裏切りだ。
となると、結局今の会社に残るしかないのか。
このまま、疑問や不満を抱えたまま、自分は一生の時間をごまかして生きていくのだろうかー。

彼は、軽い鬱のような症状になった。夜は眠れず、日中は動機が激しくなり、食欲がなくなった。言いようもない不安に襲われ、人と話すのが怖くなった。まさか自分がこんなことになるとはー。何もかもが、絶望的だった。

一ヶ月ほどの深い深い泥沼のような葛藤の末に、彼は自分の原点に立ち返った。すなわち「結局、自分は何が望みなのか」と言う思考法に行き着いたのだ。

改めて究極的に考えると、彼はサラリーマンとして偉くなることを望んでいるわけではなかった。会社という組織に縛らられて、自分の生き方が制限されることは彼の望むことではなかった。

どこであれ、無理に転職しても、結局その会社の枠組みの中でしか生きられない。

で、あるならば、ある程度勝手のわかっているこの世界と会社で成果を残しつつ、いつかその時がくる日まで、自分の能力を高める努力をしよう。今の会社の業務とは異なる領域で、何か新しい取り組みを始めようー。

その結論に行き着き、彼はようやく落ち着いた。結局、転職はしなかった。オファーは全て断った。
そして彼が新しく何かを始める取っ掛かりとしてスタートさせたのが、このブログサイトだった。

そう、これ、私の話です。多少脚色してますし、話の要点を整理するために作ってるところもありますが。
ブログを運営することそのものが目的なわけではないのですが、この活動を通じて自分なりに色々な実験をしているつもりではあります。

ということで、今後ともよろしくお願い致します!
*また別の方のストーリーは不定期で更新します。
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