メルカリ始めました▷

学園祭の思い出

学園祭の季節がやってきた。

僕は大抵において個人行動が多く、団体行動は本当に苦手なのだけど、こと学園祭については張り切るタイプだった。
なんというか、イベントごとが好きなのだと思う。決してウェイ系じゃないので派手な奴は好きじゃないんだけど、手作り感とズンドコ感が満載の学園祭は、僕のテンションに丁度合っていたのだと思う。

高校時代の学園祭

高校時代の学園祭といえば2年生の時のことを思い出す。
以前書いたことがあるのだけど、僕はこの学園祭でオズの魔法使いのカカシの役をやり、僕が好きだった子が衣装係で接点がとても増えたのだった。

初めての告白の思い出。 | Strobolights
景色に宿る思い出 異性に告白するというのは人生の中でも割とハイライト的な思い出となっている人は多いと思う。 僕にとってもやはりそれはそうで。 特に生まれて初めて告白をした時の事は割と鮮明に覚えている。 何故そんな事を急に思い出したかというと、少し前に、人生で初めて告白という事をした場所に偶然立ち寄ったからだ。 忘れもしない、高校二年生の秋。京王電鉄の南大沢の駅出口のバスロータリー。

世界中の祝福が、八王子にある僕の高校の校舎に集まっているような気がした。
勿論そんなのはただの気のせいで、僕は振られるのだけど。まあでも、今考えるととても良い思い出だった。
身長164cmのあの子は今、どこで何をしているんだろうか。

大学時代の学園祭

大学時代はとにかく出店だった。文化系サークルに所属せず、空手という男臭い団体に所属していた僕は、毎年餃子やら焼き鳥やらの出店を出していた。京都駅近くの市場で安く仕入れて高く売る。言ってしまえば商い、ビジネスの基本みたいなことは学園祭で十分学べるのだ。

二日間の学園祭が終わると僕らは空手らしく、店を解体するときに蹴り技で壊した。一人一人交代で、店を支える棒に蹴り込み、追って行くのだ。勿論安全性は考慮して、蹴り折った棒が飛び散らないように抑える係もいた。毎年、周囲にはちょっとした人だかりが出来て、僕らが蹴り込む度に歓声が起きた。

あー、楽しかった二日間が終わっちゃうなー、というあの感じが、たまらなく好きだった。

でも、実は一番印象に残っている学園祭は大学四年、学園生活最後の年の学園祭だった。僕はその年はもう空手サークルは引退していたので、空手の店にはちょっかいを出しに行くくらいしか出来なかった。でも友達たち有志で店を出した。結構儲かった気がする。

何が印象に残っているかというと、その友人たちと出すお店が、学園祭メインステージの目の前に配置されていたのだが、僕らが準備しているときにそのステージでは音声リハをやっていたのだ。そしてそこで流れているSEが、NUMBERGIRLの「OMOIDE IN MY HEAD」だった。

僕はその頃、少々厄介な恋愛に巻き込まれていた。いわゆる三角関係だ。いや、正確にいうと三角ではない。何しろ角が六つあった。

僕が好きな女の子は好きな男がいた。
そして僕を好きな女の子のことを好きな男が二人いた。

結局、誰もどこにも行けない関係だった。そうして僕は、僕のことを好きな女の子に誘われて、NUMBERGIRLの解散ツアーライブを見に、京都大学西部講堂に行った。

京都大学内にある歴史ある講堂。京都ロックシーンにとっても重要。くるりをはじめて多数のバンドが演奏した。

京都大学内にある歴史ある講堂。京都ロックシーンにとっても重要。くるりをはじめて多数のバンドが演奏した。

そんなことがあった直後の学園祭。店の準備をしている時に流れてきたOMOIDE IN MY HEADが、京都の、高い高い秋空に染み渡るように響いている光景を、僕はまだありありと覚えている。
そしてその後、僕が好きな女の子がお店に遊びに来てくれた。二人で写真を撮った。僕はカメラを向き、彼女は空を見ている写真だった。僕と身長はあまり変わらない子だったから、傍目にはお似合いに見えたはずなんだけど。

その写真はもう、どこかに行ってしまったけれど、あの写真も未だによく覚えている。

学園祭の季節になると、僕はそんなことを思い出す。

 

OMOIDE IN MY HEAD 1 ~BEST&B-SIDES~
ナンバーガール NUMBER GIRL
EMIミュージック・ジャパン (2005-03-02)
売り上げランキング: 4,991

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です