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【電通過労死】働きすぎはそんなに悪なのか

ツイッターに残る、過酷な労働状況

昨年に自殺した電通社員が過労死と認定されたニュースがここ数日話題だ。
亡くなった方が国内最大手の広告代理店、電通の新入社員であったことや、東大出身だったこと、そして美女だったことから話題増幅に輪がかかってる気がするが、ケース自体は電通に限った話ではなく、あらゆる企業に起こりうる話だろう。

また、被害者がTwitterアカウントでその勤務状況をツイートしており、まだそのアカウントが残っているのでどんな状態だったかが生々しく残っている。
しかし、もう亡くなった方の日々のつぶやきが見れてしまうって、なかなかだ。

余談だが、このツイッター、鍵垢でもなくオープンなアカウントのようだが、このアカウントで会社の実態をつぶやきまくるのって、社内で問題にならなかったのだろうか・・・。実は鍵垢で、自殺する直前にオープンにした、とかなのかな・・・(なんとなくですが、アカウントのリンクは貼りません)。

話を戻す。このツイッターを見ていると、深夜、というかもはや早朝まで仕事をしたり土日出勤が常態化している。つぶやかれるのは、ひたすら「辛い」などの言葉ばかり。被害者が本当にしんどい状況に追い込まれていたことがわかる。

「死を選ばずに転職活動すればいいのに」という声も聞かれるが、そういう判断ができないくらい、追い込まれていたのだろう。彼女の精神状態を考えると、他人事とは思えないくらい、重く憂鬱な気分になる。

僕も働きまくった20代

実は僕も20代はそんな生活をしていた。深夜4時5時とまでは行かないまでも、夜中の2時とか3時に会社を出る、という日々が誇張抜きで毎日続いた。当時、僕には「終電を逃す」という概念がなかった。何故なら電車で帰ることが全くなかったからだ。「逃す」という発想がなかったのだ。加えて、土日勤務も多かった。毎日8時間近く残業していたので、営業日が毎月20日あるとして、160時間残業だ。土日勤務も合わせると、なかなかな数字となる。今思うと、ちょっと異常だなあ、と正直思う。

彼女の自殺について「僕だって働いてたんだからそれくらい我慢しろ」というつもりは一切ない。
なお、武蔵野大学の長谷川さんという教授は「それくらいの残業で自殺なんて情けない」と書き込んで大炎上中だ。この人、バカなんじゃないだろうか。

参考 例の記事

で、個人的な見解だけど、本当に辛いのは労働時間じゃなくて職場の人間環境と仕事内容なんじゃないかなあと思ったりする。というのも、僕も上記のような20代を過ごしていたわけだけど、実は精神的に辛い、というのは全く感じたことがなかった。肉体的には確かにしんどいこともあったし、1年に何度か、高熱出してぶっ倒れるということもあったけど、精神的にはむしろ充実していたと言える。

理由は単純で、仕事が面白かったのと、周囲の人間関係のストレスがなかったからだ。誤解を恐れず言うと、仕事と言うよりはサークルの延長線上みたいな毎日だった。チームのメンバーとウンウン言いながら企画を練り、夜21時くらいにみんなでコンビニに繰り出し、オフィスで弁当食べてくだらない事を話し、そのまま机の上で30分くらい仮眠して、起きてまた打ち合わせ、それが終わったら企画書に取り掛かり、いつの間にか夜中の2時、みたいな毎日だった。

いや、楽しかったのだ。自分が求められている感じがしたし、これまでの人生であまりなかった充実感すら感じていた。自殺はもちろん、辞める事なんてほとんど考えたことなかった。

だからこの自殺した彼女が甘いとか言うつもりは毛頭ない。ただ個人的な経験も踏まえて考えると、労働時間の多さだけで人が死を選ぶとはあまり考えられないのだ。
亡くなった彼女のツイッターを見る限り、上司のパワハラやセクハラについても触れられている。過酷な労働環境に加え、職場の人間関係も悪かった。仕事内容が彼女の望むものだったのかどうかはわからないけど、仕事する時間そのものがストレスだったとして、その仕事時間が異常に長いとなるとそりゃもう、地獄のような毎日だっただろうな、と思う。

働くことの意味、価値は人によって異なるはずだ

僕の場合、むしろ、今の環境の方が精神的には辛い。辛いというか、満足度がない。どういうことかというと、会社の規模が大きくなってコンプライアンスとか気にするにようになり、労働時間管理が厳しくなったのだ。会社PCのログインログアウトの時間がデータで残っており、どれくらい働いているかが可視化されてしまい、残業が多いと叱責される。仕事するために会社来てるのに、これ以上仕事するな、と言われる。

なんというかな、没頭できない感じ。とことんまでこだわれない、突き詰められない、打ち込めない。

何が言いたいかというと、「もっと仕事したい人もいる」ということだ。「残業は悪だ」という批評が渦巻く理由もわかるけど、問題なのは労働時間の多さそのものなのではなく、「強制される労働時間の長さ」なのだと思う。

だって、仕事が大好きな人にとって、「仕事するな!」って、趣味を奪われるようなもんだからね。
だから、企業がやらないといけないのって、強制的な残業管理ではなく、無駄な業務を無くして効率よく仕事ができる仕組みを整えることだと思う。

 

これ、結構あるあるな話で、いろんな会社の人から聞くのだが「仕事早く終えろはやく帰れと言われる割に、仕事量が減らない。一体どうこなせばいいのか」というもの。
個人単位で無駄な労働を減らすことは勿論できると思うけど、やっぱり根本的には会社が仕組みを変えるべきだよなと思うわけです。

 

無駄な会議とか、無駄な手続きとか申請って結構あると思う。大企業になればなるほど、そういうのが多くなる。大企業っていろんな人がいるのだ。いろんな人が回る仕組みを整えるためには、最大公約数的な思想が必要で、そうなるとある人にとっては無駄でしかない制度が出てくるのだ。

 

働きたい人は思う存分働けて、とっとと帰りたい人はとっとと帰れるような仕組みがあるといいんだけどね。でもそれが実現するためには、従業員が良識と能力があることが大前提になるから、やっぱ重要なのっていかに有能な人材を採用して会社の構成員にしていくかってことなんだろうなあ。

すっごく、当たり前の結論になってしまったけど、亡くなった電通の社員の方も、東大を卒業し、あの電通に入社したのにこんな事態になるとは夢にも思わなかっただろう。電通は過去にも過労死を起こしているわけだし、ここ最近はネット広告の不祥事が明るみに出たばかりだ。憧れる学生も多い会社だし、次の犠牲者が出ないことを祈るばかりだ。

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