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【広告研究会】ミス慶應2016中止に思うこと

すでに様々なところで報じられている通り、ミス慶應2016が運営団体の不祥事により中止となった。
ミスを決める三田祭まであと一ヶ月強という中で、ファイナリストに選ばれた6人の女子大生達は突然、人生を変えるかもしれなかった大きなチャンスを失った。しかも、第三者の不祥事で。
僕は別に関係者でもなく、ただの外野席の一人に過ぎない。
ただ、少し知ってる子がファイナリストに残っていたこともあり、個人的には応援していたので色々思うこともあるのでこの記事を書いてみた。

ミス慶應は、ただのミスコンではない

ミス慶應は、ごく控えめに言って、ただのミスコンではない。皮肉なことに、中止になった事がここまで大きなニュースになった事で、その影響力や存在感を示してしまった。
歴代のミスキャンが有名女子アナになっていたり、企業からの協賛がしっかり付いていたり、芸能事務所、民放キー局など、大人の世界もどっぷりと関わっている。
ひょっとしたらそれはもはや、学園祭レベルのものではないのかもしれない。申し訳ないが、他大のミスコンとは次元が違うのだ。

何名の候補者がいたのか知らないが、ファイナリストに残った6名はそんな大きな混沌の中、世間中から好奇の目で見られることになる。
ただの学生時代の思い出ではなく、彼女たちにとっては人生を変える可能性を秘めた、人生を賭けた挑戦だったに違いない。

ファイナリストにとっては決死の三ヶ月だった筈

ミス慶應は昨日今日、突然始まったものではない。ファイナリストが決定したのは今年の7月。そこから各種媒体への露出、各自のSNSの運営など、およそ一般的な大学生の夏休みとは全く異なる次元の毎日を送っていたに違いない。
昨日までただの女子大生だった女の子が、突如有名人になる、その感覚は、きっと自分が自分じゃないみたいな感じだったのではなかろうか(ただの想像ですが)。

ミス慶應のことを「芸能人並みの扱い」と評されることもあるが、ある意味、芸能人より過酷かもしれない。どういうことかというと、他の候補者との比較文脈の中に自分が位置付けられるからだ。他の候補者の方が人気がある、とかSNSのフォロワーが多い、とかきっとそういう事を気にしながら、自分の無力さ、惨めさ、プレッシャーと日々戦っていたのではないかと思う(ただの妄想です)。

でも、それでも頑張れるくらい、ミス慶應とは、彼女たちにとってそれくらい大きな存在だったのだ。

気になるのは、3年生の候補者の岩田さんだ。大学3年生の夏は、大学卒業後の進路を決める上で重要な季節となる。そう、インターンシップだ。きっと周りの友達は右も左もインターンに参加していただろうに、きっと彼女はそっちの道は一切絶って、ミス慶應に注力していたに違いない(憶測です)。

だって、ミス慶應になったら、女子アナへはぐっと近づけるからね。そりゃ、ミス慶應頑張るわね。

それなのに、そのミス慶應が、無くなった。ファイナル直前に、運営本部たちの「未成年飲酒」というなんとも言えない理由で、だ。
自分たちの不祥事とか、実力不足だったらともかく、彼女たちからしたら突然登ってきた梯子を下されたような感覚だろう。

ファイナリストそれぞれが思いのたけを綴っているけど、その中で最もストレートに想いを綴ったのが渡辺さんだ。

このような形でコンテストが中止になることが腑に落ちませんし、怒りがこみ上げてきます。

未成年飲酒で中断されたのは正しかったのか

僕は、ただの部外者だ。何の責任も力も持たない、ただのおっさんだ。
ただこれまで書いてきた通り、社会への影響度とその中で翻弄されてきた彼女たちのことを思うと、ただの「学生の催事」では済ませられないものだとも思う。なので、この「中止」には疑問を感じてしまう。

原因がとにかくひどい。運営本部の未成年飲酒。まあ、過去にもやらかしたことがある団体のようなので、表には出ていない色々な諸問題もあり、積もり重なった判断なのかもしれない。でも、運営母体の解散は別にどーでもいいとして、ミスコン自体を中止にするのはどうなのだろうか、と。だって彼女たち悪くないじゃん。

どこまで影響力があろうとも、あくまで学生が勝手に企画して勝手にやっていることなのかもしれないけど、それでもなんとかならなかったんだろうか。例えばミス慶應を運営してる団体に移管する、とか、ミスSFCと統合する、とか。

まあ、きっとそれはそれで滅茶滅茶大変なんだろうし、きっと犠牲者も出てくるんだとは思うけど。じゃあ、例えば大学が運営を預かる、とかどっか外部業者に委託する、とか。

たかが学生の活動、と問答無用で断罪するあたり、冷酷すぎやしないかと思う一方、「慶應義塾」というとてつもなく巨大な存在も感じる。

そして、そんな大人の世界の残酷さも、その巨大な権力の中で右往左往する学生の青春時代も、企業やビジネスが介入する混沌も、すべて飲み込んだ上で、唐突に命を絶たれた6人の美女たちの姿が、逆説的に美しく見えて仕方ない。

きっと彼女たちは、永遠のミス慶應2016なんじゃないかと思う。

【劇画】慶應義塾大学
グループ・ゼロ (2016-10-06)

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