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変わるもの、変わらないもの

先日、仕事で京都にある母校に行った。と言っても久しぶりというわけでもなく、今年に入って3回目だ。

バスで西大路通りを北上していき最寄りの駅で降りると、僕は学生時代によく通っていた定食屋に入った。500円くらいでお腹いっぱいに食べられる、学生の味方のような店だ。別に綺麗なお店でもないしオシャレで今風なお店でもない。まあ、どちらかというと男子学生が飯だけ食って行くような定食屋だ。

店内は、驚くほど何も変わっていなかった。おそらく、メニューも変わっていないしメニュー表も変わっていない。そして肝心の料理も全く変わっていない。僕がいつも注文していたのはチキンチーズ定食。さっくさくのチキンにトロッとしながらもあっさりしたチーズとデミグラスソースがよく合う定食だ。付け合わせの沢庵とご飯をかき込み、味噌汁で流し込む。完全に当時のままの味がそこにはあった。
僕が大学を卒業してからもう13年が経っている。そう考えると、変わらないというのはすごいことだなあと思う。

京都のいいところは、前提として「伝統を守る街」であるところだと思う。四条や京都駅などの繁華街はそれなりに変化もしているが、そこから一つ離れると本当に昔のままの光景がそこには待っている。

仕事までまだ少し時間があったから、僕は定食屋を出た後にふらふらと大学キャンパス周辺をうろついてみた。学校帰りによく立ち寄っていたコンビニはもうなくなっていて、大学生む毛の住宅情報センターに変わっていた。いつ営業しているのかさっぱりわからないくたびれた中華料理屋はそのままだったり、よく飲み物を買っていた自動販売機もそのままあった。中の飲み物の種類はきっと変わっているんだろう。

大学時代に付き合っていた女の子のアパートがあった場所には別のアパートが建っていた。キャンパスから近く、部屋も広かったために大学入学当初、みんなのたまり場になっていた場所だ。希望に満ち溢れていた大学1年生の4月。僕らは毎日のようにその部屋に集まっていた。みんな仲間が欲しかったし、輪から外れることが怖かったのだ。しかし時間が経つにつれ、サークルや部活など、それぞれがそれぞれの居場所を見つけ、次第にその部屋に集まることは無くなっていった。

4年間という大学生活が長いのか短いのかはよくわからない。そしてそこで僕が何を得たのかもよく分からない。少なくとも、学問を修めるようなことは僕に関してはなかった(少し後悔している)。
しかし、今でもたまに思うのだが、もうすっかり大人になった僕でも、学生時代の僕とつながっている。人は突然そんなには変われないのだ。少しずつ、少しずつ変化はしていくけども、大元の部分は変わらないのだ。それはまるで、京都の町並みのように。

環境が変わり、自分も変わる。ただ、環境によって変化したのはおそらく表面的な部分だけであって、本質的な部分というのはある程度この先も変わらないものだと僕は考えている。結局、先のことなんて分からない。結局僕らは、目の前のことを全力で取り組むべきだし、今大切だと思うことを大切にするしかないのだ。

世の中がどんなに変わっても、自分は変わらない。変化することは悪いことじゃないけど、変わらないほうがいいことだって、あるのだ。
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