メルカリ始めました▷

30代からの禁煙生活

タバコをやめた。と言っても、まだやめてから1日しか経っていないから、「やめた」と偉そうに言える立場ではない。
これまで、あらゆる人から「やめたら?」と言われた。度重なる値上げに心が折れそうにもなった。そうそう、千代田区で歩きタバコ禁止になった時のディストピア感は異常だった。

お酒を飲まない僕からすると、なぜ同じ嗜好品である酒についてはみんな肯定的で、タバコばかり冷遇されるんだろうか、と不満でならなかった。
世論に負けて昔は吸ってた人もどんどん辞めていくし、喫煙所はどんどん少なくなっていった。ただそれでも僕は「タバコは止めない」と周囲に豪語してきた。
今タバコをやめたら、世間の波に負けたような気がしたからだ。

しかし今回、割とあっさりと、簡単にやめた。理由はまあ色々あるのだが、すごく自然な形で「タバコ、やめよ」と思えた。まだ何本が手元に残ってるし、ライターもあるのだけど、吸いたいとそこまで強く思わない。禁断症状も別に出ないし、まあ少しもの寂しい感じがするだけだ。

タバコを吸い始めたきっかけ

僕のタバコデビューは遅い。多くの男子学生は、高校卒業と同時か、大学入学時にタバコを一度は吸ってみる。その後続けるかそこでやめるかは個人差あるが、「口にしたことすらない」という男子学生は、少なくとも僕の周りでは僕しかいなかった。単純に高校時代はボクシングをやっていたし、大学に入ったら空手をしていたからだと思う。タバコを吸ってみたいとも思わなかったし、勧めてくる人もいなかったから、僕はついに大学4年までタバコを一回も口にしたことがない人生を歩んできた。

そんな僕が何故タバコを吸ってみたかというと、まずそもそもその頃、いろいろと人生がうまくいっておらず、少し自暴自棄になっていたからだった。
その夜、僕は自分の下宿アパートで友人とテレビを見ていた。大好きだった水野美紀主演のドラマだ(タイトルは忘れた)。

その時、水野美紀の父親役の長塚京三がタバコを吸っているシーンを見て、「これだ」と思ったのだ。
耐え難きを耐える男の辛さとか渋みとかが、その長塚京三からは満ち溢れていた。

僕は友人に「タバコ吸うわ!」と言って外へ飛び出した。僕が住むアパートの一階にはタバコの自販機があったのだ。ただ、ずらりと並ぶタバコを見ても、どれを買えばいいか分からなかった。だからとりあえず、聞いたことがある「マルボロ」を買った記憶がある。

僕らは意気揚々と部屋に戻り、フィルムを開け、タバコを一本ずつ、取り出した。しかしそこで気づいた。ライターがない、と。そこへ友人。「ガスコンロでつければいんじゃね?」

おお、それは名案、とばかりに僕はガスコンロに火をつけた。そして、タバコを口にくわえ、そのまま顔をコンロに近づけた。
次の瞬間、コンロから火が僕の髪に燃え移り、「ジュワっ」という音と髪が焦げる音がした。僕は、前髪の幾らかを、ガスコンロで燃やしてしまったわけだ。
翌日は就職活動の面接だった。僕は前髪を不自然に失った状態で面接を受け、落ちた。別にそれが理由だったかどうかわからないけど。

こうして、僕のタバコ生活が始まった。そしてそれは、16年続いた。

タバコの魅力

タバコが嫌になったわけではない。むしろ、僕はタバコが持つ世界観を愛している。タバコを吸っている間、僕は一人になれる。周りに人がいても、精神的に一人になれる。
なんというか、世界の中にいる自分がしっくりくるような感覚に陥るのだ。

そしてタバコミュニケーションという言葉もある。基本的に、喫煙者は肩身がせまい。そんな弾かれ者同士が出会う憩いの場所が喫煙所だ。
非喫煙者はわからないと思うが、喫煙所での喫煙者は実に礼儀正しい。お互いが道を譲ったり、マナーを守って吸っていることが多い。そしてまた、知り合いと鉢会うと、途端に会話が始まる。飲み会ほどではないにしても、リラックスして、オフィシャルな場所ではでてこないような発言が出てくる。

僕らは、喫煙という、同じ絆で繋がっているのだ。いわば、同志なのだ。多様化した価値観がはびこる現代において、共通項を見出すことができる概念が、タバコなのだ。

ただ、僕はもう、吸わない。もともとそこまでヘビーでもなかったし、こんなに執着ないのなら、思いつきでまた吸っても、すぐ辞めれそうだ。そのつもりは今の所ないけど。

ただ、あの退廃とした世界観を、僕は愛している。ニコチンよりも、もうあそこには入れないことに、僕は一抹の寂しさを覚えるのだ。

 

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