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願わなければ絶望しないというけれど

多分、僕は結構な厨二病だと思っている。今、本業の方でちょっと大きな仕掛けをしようとしており、公言はしていないけど、数年後に日本の仕組みそのものに打撃を与えられるくらいのプロジェクトにしようと心の中で思っている。
そのために、4年間続けてきた大学の講師もやめた。この取り組みに専念するためだ。

ただ、こういう話はなかなか周りにはできない。この歳になって「世の中変えてやりたい」なんてそうそう言えたもんじゃないのだ。「何を馬鹿な」と言われる。「意識高い」と言われる。「現実的になれ」と諭される。あるいは「中二病だ」と言われる。

まあ多分、そうなのだろう。ただ僕は、口では言わないけど、「世の中変えてやりたい」と心の中でずっと思っていたし、少なからず、今までの仕事で少しずつ変化を起こしてきている実感がある。

ただ、もちろん大きな苦労が伴う。正直、疲れることもよくある。もうやめてしまいたいと思うこともよくある。というか、そう思うことの方が多い。

昔、こんなことを言う人がいた。

「何事も常識的な範囲でいいじゃない。だからそんな疲れるんだよ。望まなきゃそこそこ平和に暮らせるぜ」

彼には悪意はないと思う。僕も彼に敵意を持っているわけではない。ただ、人間が違うのだなと思う。いい悪いじゃなく、価値観が違う。
僕は、自分の意思で何かを望んでいるわけではない。欲しいんだから、仕方ないじゃない。

先日、こんなことを言う人がいた。

「私は欲深い。どこまでも満足しない。でもそうじゃない無欲の人もいて、不思議そうにされる。欲しくなっちゃうのは、我慢しなくちゃならないの?」

すごくよくわかる。きっと僕たちが子供っぽいんだろう。でも僕たちは、望んでしまう。

そして僕は、心のどこかで信じている。「欲深い人ほど、成功する」と。
どんなに最初は妄想でも、それを形にしてきた人たちがいるから、僕たちは今の生活があるのだ。

ただ、当たり前だが全ての欲望が叶うわけではない。どんなに頑張ってもダメなものはダメなのだ。成功者の裏には、世の中には出てきていない失敗者たちの悲劇が連なっている。
僕のやろうとしていることだって、失敗するかもしれない。成功する保証なんて、どこにもない。

でも、それでも歯を食いしばって頑張る、と勇んだ前向きなことを書きたいわけではない。
むしろ、逆だ。怖い。ものすごく、怖いのだ。ものすごく後ろ向きなのだ。そして残念ながら、こうした悩みを共有出来る相手というのはとても少ない。

でも、それでも欲しいのだ。滝にでも打たれたら、僕は望まなくなるのだろうか。それはそれで、経験してみたい境地ではある。
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