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大学時代の過ごし方Vol2〜独り暮らし編


くるり – さよならストレンジャー 投稿者 qurulife

前回、僕の京都での大学時代がいかに自堕落に満ちいていたかを書いた。
▶︎大学時代の過ごし方
というわけで今回は自堕落の原因でもあった独り暮らしっぷりについて。なお、京都の文系自堕落大学生の空気感をよく表しているくるりの「さよならストレンジャー(LIVE版)をdailymotionの動画を聞きながらご覧ください。

京都は右京区にあった僕が四年間過ごしたアパート。世界の全てがそこにはあって、何もなかった。
僕はあの畳の部屋で何かを待ち続けて遂には何にもやってこなかった。
でも、大好きな空間。

どうにも最近センチメンタルなんだが、よくない傾向だ。

僕の部屋のスペック

僕の部屋は独り暮らしにしては高いスペックだった。6畳の畳の部屋に、6畳のダイニングキッチンが付いていた。まあ、6畳の部屋が二つあるような感じだ。6畳1Kの部屋が大学生のスタンダートな部屋のスペックだと思うからこの部屋は悪くないだろう。

ただ、別に綺麗じゃなかった。というか、汚かった。ただ、部屋探しをしている時の僕には「綺麗な部屋がいい」という価値判断基準は持っていなかったから仕方ない。大学に入って他の友人の下宿部屋に行って「ひょっとして僕の部屋は汚いのではないか」と気付いたくらいだ。でも僕にとっては綺麗かどうかよりも広さの方が重要だったのだ。

もう一つ、欠点があった。鳩だ。僕のアパートは南向きで太陽の光がばっちり入る日当たり良好の部屋だった。ただ、ベランダにはがいた。鳩だ。鳩がやってくるのだ。朝になると「クルックー」というチャーミングな鳴き声が窓の外で聞こえるのだ。鳴き声だけならまだマシなのだが、彼らは糞を落としていった。というわけで僕のベランダは糞だらけだった。部屋の下見に行った時には鳩がいなかったのだが、引っ越し初日にはもう、いらっしゃった。下見の時に鳩がいなかったのは、何か大家が策を施していたに違いない。

引っ越ししてすぐに、僕のベランダにはCDが3枚ほど、ぶら下がっていた。CDの裏面のキラキラが鳩よけになる、と聞いたからだ。ただ、効果はほとんどなかった。結局大家に直訴して、鳩よけの網をベランダに張ってもらった。ということで、僕の日当たり良好のベランダは、いつも網がかかっていた。

これがベランダの風景。囚人みたいな生活だったわけだ。

これがベランダの風景。囚人みたいな生活だったわけだ。

隣に越してきた女の子

そんな古く汚いアパートだから、基本的に住んでいるのは男しかいなかった(と思われる)。しかも学生らしき人はほとんど見なかった。たまに見かける住人は、一人暮らしの中年のおっさんだった。

僕の部屋は広かったので、よく友人のたまり場になっていた。男が4人ほど集まり、コタツに足を突っ込み、鍋をして酒を飲んでゲームに朝まで興じた。

ある晩、いつものように友人たちと騒いでいた時に玄関のチャイムが鳴った。「珍しいななんだろう」と出てみると、若い女の子がいた。隣に越してきたらしく、お菓子を持って挨拶にやってきたのだ。

しかしタイミングが悪かった。僕たちはすでにそこそこ酔っ払っていて、桃色な猥談に花を咲かせていた時だったのだ。何なら、今からみんなでレンタルビデオ屋に行ってAVでも借りてこようかなんて言っていた時だった。
というわけで、玄関に女の子を立たせている状態で、僕の部屋からは「何何!?女だ!女がいるぞ!!!」という常識も品性も何もない喝采が聞こえてきた。

彼女は逃げるように扉を閉めた。そして一ヶ月くらいして、彼女は引っ越していった。申し訳ないことをしたと思う。

僕の部屋が溜まり場になった理由の一つ、テレビ。当時にしては大きい21型だった。ビデオカセットが時代を感じさせる。

僕の部屋が溜まり場になった理由の一つ、テレビ。当時にしては大きい21型だった。ビデオカセットが時代を感じさせる。

コンビニのおばちゃんとのお別れ

僕がこの汚いアパートに決めた理由の一つが、1階にコンビニがあったことだった。小さな小さなデイリーヤマザキ。夜も22時で閉まってしまう、おばちゃんがやってる個人商店みたいな感じだ。帰りが遅くならない日は、僕は毎日のようにこのコンビニに寄っていて、パンやお菓子や飲み物なんかを買ったものだ。

一人暮らしの大敵に、風邪がある。誰も面倒見てくれないから本当に辛い。こういう時にコンビニはものすごく大きな助けになるのだ。僕のアパートからは5分くらい歩けば立派なローソンがあるのだが、階段を少し降りれば小さくてもコンビニがあるのは本当に助かった。コンビニのおばちゃんとはいえ、毎日顔を合わせる顔なじみ。風邪をひいて心細くなっている時に、知っている人がいてくれるというのは少し慰みになるものなのだ。

確か大学2回生の冬のことだったと思う。生まれて初めてできた彼女とうまくいかなくなり、精神的に荒れている時だった。僕はデイリーヤマザキのパンのシールを集めていた。何枚かたまると皿がもらえる的なやつだ。ちょうどその頃、良さそうな皿がプレゼントに出ていたのだった。

その日も、僕はシール集めも兼ねてパンを買った。あと数枚で溜まる、そんなことを思ってレジでお会計をしていたらおばちゃんが言った。
「あとちょっとで溜まるみたいだけど、お皿あげるね」
??なんでですか?と聞くと、
「この店、もう今日で終いなのよ」

あまりに唐突だった。どこかにそんな告知もあったのかもしれないけど、視野が狭い僕はそんなことには気づかなかった。こういう時に僕は、ダメだ。うまく反応ができない。おばちゃんは「今までありがとうね」的なことを言ってくれたのだけど、僕は何も言えず、ただただコクコク頷くしかできなかった。

結局、何事もなかったかのようにお皿を受け取り、店を出た。そして部屋に帰ってから、じわじわと悲しくなっていった。お礼の一言でも言うべきだったのじゃないか、と、後味の悪い後悔ばかり押し寄せてきた。

翌日、そのお店は開くことがなかった。その後、趣味の悪そうな中年向けのブティックがオープンした。もちろん、そのお店には一度も行っていない。

大学を卒業し、部屋から引っ越す時に撮った写真。ズボンが脱ぎ散らかしてあるということは、僕は下半身裸だったのか。謎。

大学を卒業し、部屋から引っ越す時に撮った写真。ズボンが脱ぎ散らかしてあるということは、僕は下半身裸だったのか。謎。

再訪

大学を卒業し、僕は東京で働くことになった。最初、僕は京都の女の子と遠距離恋愛をしていたので社会人最初の半年くらいはちょくちょく京都に帰っていた。でもその子と別れてからは京都はしばらく行く機会がなかった。

ただ社会人になって6年目となる2009年、僕は再び京都を訪れることになった。大阪で仕事があり、前日がぽっかりと空いたのだ。折角1日空いたのだから、と京都に行ってみることにした。観光名所とかに行くのではなく、僕が過ごしたあの日あの場所に行ってみよう、と京都駅から電車に乗り、かつて毎日自転車を漕いでいた道を歩いてみた。

京都のいいところは、街並みがあまり変わらないところだ。さすが千年の都。店が変わっていたり変化はあるものの、京都という街全体が持っている雰囲気は全く変わらない。

ああ懐かしいなあ、と思いながら、僕は自分のアパートを目指し、歩いた。

IMGP1253-(1)なんと、跡形も無くなっていた。更地。

こうして、僕の過ごした愛すべき空間は、この世から完全に消え去ったのだった。

まあさすがに、もう新しい何かが建っていると思うけども。

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