メルカリ始めました▷

青木対桜庭に見る、仕事論

新年あけましておめでとうございます。昨年9月にオープンした本サイトですが、いろいろ試行錯誤しながらやっています。
方向性含めて悩んでいるところではありますが、マイペースに更新してまいりますのでどうぞよろしくお願いいたします。

さて、というわけで口調もいつもの調子に戻して新年一発目は「仕事」論について。ネタとして格闘技ネタを使ってはいるが、本質はそこではないので是非ご一読を。

何もできなかった男

2015年12月29日、格闘技イベントRIZINのメインイベントで青木真也VS桜庭和志の試合が行われた。
8年ぶりに行われる格闘技のビッグイベント、かつての格闘技人気の立役者である桜庭と、新世代のエースである青木真也というテーマ性のある試合だ。
試合後、リングの上で桜庭和志に声をかけられた青木真也は号泣した。ここから感じる「仕事」について考えてみたい。

まずはこの試合の導入映像、そして試合映像はこちらをご覧いただきたい。13分で終わる。

試合は一方的な展開。青木がひたすら桜庭を殴り続け、桜庭は何もできずにただ殴られ続け、最終的にはセコンドがタオル投入とレフェリーに止められて終わった。
普通に見たら「桜庭、弱くない?」「何もできてないじゃん」という感想が漏れるのではないだろうか。

そう、その通り。桜庭は文字どおり何もできなかった。青木に上に乗られ、レフェリーが止めるまでただひたすら殴られ続けたのだった。
ただこれは、実はある程度予想されたことだったのだ。
かつての大スターである桜庭とはいえ、もう46歳。しかも総合格闘技の試合は2年間遠ざかっている。
対する青木真也は現役バリバリでアジア最強の寝技師と呼ばれている男。シンガポールの格闘技イベントでは現役王者でもあるのだ。
この二人が戦うとなると、普通に考えると青木の圧勝なのは日を見るより明らか。では何故、負けると分かっているのに桜庭はリングに上がったのか。

全ては格闘技のために。自己犠牲

勝てるはずのない相手に、わざわざ殴られにリングに上がった桜庭。その理由を考えるには格闘技界がここ10年で味わった苦悩を理解しなければならない。
詳しくは下記の過去の記事をご覧になっていただくとして、とにかく日本の格闘技はここ10年、スポンサーからも見放され、世間からは忘れられ、選手たちは戦う場所を失っていたのだ。
関連記事のIDを正しく入力してください 今年、フジテレビがゴールデンタイムで放送してくれることは、格闘技界にとって大きなチャンスだ。ここで、視聴率を取らなければまたフジテレビやスポンサーからは見捨てられるのだ。格闘技ファンはほっといても中継を見る。でもそれでは足りない。一般視聴者に届く試合は何かー。そこで白羽の矢が立ったのがかつてのスター選手、桜庭和志。
まだ若かった頃、当時無敗だったグレイシー一族を倒し、ヴァンダレイシウバと熱闘を何度も繰り広げた桜庭。テレビCMやテレビ番組にも何度も出演し、一般知名度は高い選手。
もう引退していてもおかしくない年齢だが、桜庭はこの試合を受けた。自分が出ることで視聴率が取れるなら、出よう、と。
何度も奇跡を起こしてきた桜庭。普通に考えたら桜庭が勝てるはずはないのだが、かつての奇跡を知ってる人は「桜庭なら何かしてくれるかも」という期待感を持てる。

しかし、結果は残酷だった。リングの上で待っていたのは圧倒的な現実。青木真也は世界最先端の技術で、桜庭の体をコントロール。もがこうとする桜庭の動きを封じ込め、ただただ冷静に、血みどろになるまで殴りつづけた。

「これが仕事だよ」

試合が終わった後、青木は桜庭のセコンドやレフェリーに「なんでもっと早く止めないんだ!」と怒鳴っていた。反撃の余地がなく、なす術がないのに桜庭はギブアップをしない。そしてセコンドもレフェリーもそれを止めない。止められないなら、青木は殴り続けるしかない。しかし、それが続くと桜庭の体に重大な事故が起こる可能性だってある。青木が怒るのは当然だ。
しかし、激昂する青木に桜庭は歩み寄り、こう言ったという。
「これが仕事だよ」。

そしてその一言を聞いて、青木真也は人目をはばからず号泣した。

例え勝てなくても、自分の仕事はファンの、視聴者の、スポンサーの期待を背負うこと。決して逃げず、最後まで戦うこと。
できるできないではない、やるしかない。
桜庭は、そうするしかなかった。それが彼に課せられた役割であり、仕事であった。

青木もそれはわかっていた。だからこそ、泣いた。かつて憧れていたヒーローを殴り続けた青木。
競技としては、青木の完勝だ。しかし、プロ意識の物凄さにおいては桜庭も負けてはいなかった。
そのあまりにも大きなスケール感に、アジア最強の寝技師、青木真也は泣いたのだった。

改めて考える。仕事とは何か

仕事とは何だろう。
「やりたいことを探そう」とよく言われる。だがこれは、僕は前から反対している。「やりたいことをやるのが仕事ではない」というのが僕のスタンスだ。
いや、やりたいことをやってくれていいのだが、しっかり考えて欲しいのだ

当然ながら、やりたくないこともやらなくてはならないのが仕事。では、なぜやりたくないことをやらなくてはならないのか、ということだ。
逆に言えば、やりたくないことを耐えてでも、その仕事がやりたいか、ということ。その仕事の先に、一体何を見るのか、ということ。

桜庭は、お茶の間に自分が殴られる姿を見せたかったか?
高校生になった自分の息子の眼の前で、何もできない姿を父親として見せたかったか?

当然ながら違うはずだ。しかし、それでも彼はリングに立った。それが、仕事だからである。

苦難に満ちたこの10年から脱出し、格闘技界が再び世間に認めてもらうために、彼は殴られる道を選んだのだ。

さて、あなたはそこまでして「それがやりたい」と思えるだろうか?
改めて、考えてみてほしい。
桜庭の偉大さが、よくわかるはずだ。

哀しみのぼく。
哀しみのぼく。

posted with amazlet at 16.01.06
桜庭 和志
東邦出版
売り上げランキング: 133,946

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です