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火の鳥(手塚治虫/未完)

天才、手塚治虫の”ライフワーク”と位置付けられた作品。様々な雑誌で連載を続けていたが、彼の死により未完の大作で終わる。「ヤマト編」や「宇宙編」などのように、古代や未来など、あらゆる時代設定ごとのオムニバス形式の物語であり、その話の中で全て完結する。だが、作品のテーマの一つでもある輪廻転生を体現すべく、同じような業を背負ったキャラクターが登場してきたり、過去と未来が微妙にリンクしていたり、全編通して読むとあらゆるギミックが存在する。『火の鳥』は過去、未来、過去、未来、と交互に「現代」に近付いて描かれるが、手塚先生は「自分の死亡時刻」を現代としており、「現代編」を死ぬ瞬間に1コマ程度描くと公言していたらしい。ただそれは叶わなかった。

これは神話だと思う

手塚治虫先生の作品は火の鳥以外にもたくさん読んだが、こんなスケールの漫画は後にも先にももうないのではないだろうか。強いて言うと、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」漫画版くらいだろう。この漫画は、完全に”神話体系”なのだ。
永遠の命の象徴でもある”火の鳥”を巡る、時代を超えた人間の業と争い。時間と空間を超えて繰り返される愛と死のドラマ。

巻末の解説に、「天才の作品の解説をすることほど愚かで虚しいものはない」というコメントを寄せた人がいるのだが、確かにその通りで、僕なんぞがたかだかブログですら何か書くのも恐れ多いような気がする。

なんだかんだ好きなのは、日本史とリンクする話

文頭の解説欄でも書いたけど、この物語はオムニバス形式で、どこから読んでも話はちゃんと分かるようになっている。気の遠くなるような人類の滅亡と再生を描く「未来編」とかものすごいスケールなのだけど、僕が好きなのは奈良時代の「鳳凰編」や平安末期が舞台の「乱世編」が僕は好き。

ちなみに鳳凰編で登場する「我王」は乱世編で「鞍馬天狗」として登場したり、二つの物語はリンクしていて、火の鳥ならではの魅力をわかりやすく感じられる。

それぞれ、実在の歴史上の人物が登場し、日本史の舞台裏などが火の鳥を絡めた空想物語として描かれている。こういうの、実際の史実を知っている人からすると「ニヤリ」としたくなるし、「ほお、そうきましたか」と思わず言いたくなるのだ。

にしても読みたかった、現代編

冒頭のとおり、火の鳥は過去と未来が交互に描かれ、最後は「現代編」で終わる構想が練られていた。実際、”過去”の話で一番近代に近いのは乱世編であり、江戸時代や明治時代は描かれなかった。織田、豊臣、徳川と火の鳥を絡ませたり、明治維新の舞台裏の火の鳥にまつわる欲望、はたまた第二次世界大戦の世界レベルでの火の鳥合戦など、妄想は尽きない。誰か、書いてくれないですかね(笑)。

Wikipediaによると、こんな説明がされている。本当に、惜しい。ものすごく、読みたい。でも、未完であることが、命をテーマにした火の鳥らしい完結なのかもしれない。

そこで手塚は「現代」というものの解釈を「自分の体から魂が離れる時」だとしていた(それ以降の未来がなく、そこから以前は全て過去であるため)。
そして、その時こそ「現代編」を描く時だと語った。
それを聞いた角川は手塚に対して「死ぬ時ですからね。描けませんよ(笑)」と語り、手塚は「いや、僕は描いて見せますよ」「一コマでもいいんですよね。それが一つの話になっていればいいんですから」と死ぬ直前に一コマでも物語を描くことを約束している[23]。
毎日新聞デジタル(2012年07月23日)でのインタビューにおいて聖悠紀は「手塚先生は『火の鳥で、過去の話を書いたら、未来の話を書いて、次の過去の話と、だんだん時代の間隔が短くなって、最後は原稿を書いている自分の部屋で終わりたい』とおっしゃっていた」と述べている

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