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不安や心配の克服方法

学生さんと話をしているといつも思うのだが、どうにも彼らは社会人の事を特別視しすぎな気がするのだ。「社会人=凄い人」みたいなイメージを持っているのではないだろうか、と。
そりゃ彼らより何年かは長く生きているから、多くのことを経験しているし出来ることは少しは多いだろう。でも、社会人だって人間なのだ。

心なんて一生不安さ

君に言いたい事はあるか
そしてその根拠とは何だ
涙ながしてりゃ悲しいか
心なんて一生不安さ

これは僕が学生時代に知る人ぞ知る的な人気を誇っていたバンド、Syrup16gの名曲「生活」の一節だ。そう、心なんて一生不安だ。僕は今年、36歳になったけど、未だに失敗するし悩むし不安になるし大声で叫びたくなる。

学生時代は漠然とした不安だったが、今では具体的な不安の方が多い。今の方が何かを失敗した時のリスクは高いだろう。
でも、どちらが大変だと比較することは意味がないと思う。

でも、これだけは言える。若かった頃から色んな失敗してきたから、ある程度の対処法と耐性はできた。
昔感じた不安はもはや僕にとっては不安ではない。
ただ、生きる難度を年々更新して、不安を感じる基準も徐々にが上がっている、というだけだ(それはそれで嫌だが)。

それなりに経験したからこそ言えること

そしてこれは、僕のちっぽけな半生から言えることなんだけど、「不安や心配」を感じている時というのは大抵「動いていない時」なのだ。
人間は、踏み出す前が一番不安で心配で、一歩踏み出してしまえば不安や心配は無くなってしまう。その代わり、「苦労」がやってくる。

不安は、大抵漠然としている。何故、漠然としているか?それは行動していないから実体が自分でもわかっていないからだ。これが現実に動き始めると漠然とした不安ではなく「乗り越えないといけない課題」になってくる。でも、課題は簡単なのだ。どう解決しようかと考えるだけだから。精神的にはこっちの方がずっと健全だ。

だから、不安や心配な人は、いますぐ踏み出した方がいい。結果的にはその方が楽だ。もし、いま踏み出せないならこれからずっと不安だぞ、と思う。

道という詩

人は歩みを止めた時に、
そして、
挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います。

この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
踏み出せばその一足が道となり
その一足が道となる

迷わずゆけよ
行けばわかるさ

いい詩だと思わないだろうか。僕は、思う。そしてその通りだと思う。
これ、実はアントニオ猪木の詩だ。彼の引退試合の時に彼が謳った詩だ。

猪木というと最近の若い人はお笑いタレントの一種だと思ってる人もいるみたいだが、すごい人なんだけどね、実は。

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