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「心が叫びたがってるんだ。」を見た感想ーネタバレなしー

2015年公開の劇場版オリジナルアニメ映画。名作アニメ「あの日見た花の名を僕達はまだ知らない(通称「あの花」)」のスタッフが手がけているとあって公開前から話題になっていた。舞台はあの花と同じく埼玉県秩父市。通称では「ここさけ」と呼ぶらしい。

ネタバレしないあらすじ

とある事件をきっかけに心に傷を負い、話せなくなってしまった高校二年生のヒロインが、たまたまなってしまった高校の「ふるさと交流会」というイベントの実行委員になってしまい、実行委員の仲間と色々ありつつもミュージカルをやる、という話。仲間との交流がきっかけでヒロインが心を開いていく物語。

ネタバレしない感想

僕は「あの花」では誇張抜きで、物理的に涙が流れたクチだ。仕事から帰り、夜中に一人で最終回を見ながら文字通り「号泣」した。よく言われていることだが、ややあざとく泣かせにかかる演出は気になるものの、あれで泣かない奴はどうかしてる、と本気で思う。ちなみに、会社の同僚と見に行った劇場版「あの花」もまた号泣した。

なので、この映画は絶対見に行こうと思っていた。きっと号泣するだろう、と。

でも、しなかった。涙は出なかった。
ただ、つまらない映画というわけではない。泣かせにかかる演出がなかっただけの話で、この映画はもっともっと自然な形で見ている人の心の中に染み渡ってくる。

「あの花」と同じく、男女複数人グループ、それぞれ色々な事情を抱えていて、お互いは別に仲良い訳でもなくどちらかというと最初は分裂気味。しかし物語が進むにつれてお互いのシコリが解消されていって最後はオーラスを迎えるー、と展開そのものは「あの花」と同じなのだが大きく違う点がある。

それは、あの花は「ヒロインが幽霊」といういきなり非現実的な設定なのに対して、「ここさけ」では登場人物はあくまで現実的な設定のもとで物語が進んでいく、というものだ(ヒロインはよくわからない空想物から呪いを受けるという筋書きになってるとはいえ、呪いの内容が”喋れなくなる”だからあくまで精神世界の描写の演出と割り切れる)。

そのせいか、必要以上な演出は見受けられない。どこにでもある高校の、どこにでもある高校生の日常的描写の中で進んでいくのだ。だから、強引に泣かせにかかりはしない。「あの花」の号泣に期待して観ると、ひょっとしたら肩透かしを食らうかもしれないくらい、わりとあっさりと終わる。でも、それこそがこの映画のいいところなんじゃないかと。

それは、誰にでも起こりうるもの

「あの花」は設定からして非現実だし、見てる人はあくまで「アニメ」を見ていたのだ。自分とは違うものとして、「作られた世界」を見ていて、だからこそ純粋に泣ける。自分とは関係ないから。

一方、この「ここさけ」は見ている人自身に「覚えがある」ことを狙っているような気がする。「これは、あなたも一緒ですよね?」と言っているような気がする。
細かいところ含めて「ああ、こういうの、あるよな」と思わされるシーンがたくさんあるのだ。
特に物語のクライマックスで、僕はもう心がギューーッと掴まれたシーンがあった。泣いたわけじゃないのだが、強烈な既視感に見舞われたシーンがあった。
見た人に伝えるために書くと、ヒロインが「わかってた」っていうシーンだ。地味なあのシーンが、この映画最大のクライマックスだと思う。

タイトルのつけ方も秀逸だ。この映画のコンセプトは結局、「口にできない想いが誰でもあるでしょう」というもの。
抑圧された想い。伝えられない想い。我慢してること。そうだ、誰にでもある。
ちなみに劇中に「心が叫びたがってるんだ」的なセリフは一切出てこない(多分)。でも、きっとこのタイトルを初めて見た時に「うわあ、あるある」ときっとみんな思うのだ。そうして共感と認知を広めるのだ。マーケティング的にも秀逸なタイトルだと思う。

どこかの誰かの物語である「あの花」に対し、「ここさけ」はあなたにもかつてあった物語なのだ。

決して派手な映画ではない。おまけに、泣けない。
でも、心がほっこりする、”映画”だったと思う。

「心が叫びたがってるんだ。」オリジナルサウンドトラック
サントラ コトリンゴ 仁藤菜月(雨宮天) 相沢基紀(大山鎬則) 成瀬順(水瀬いのり) 坂上拓実(内山昴輝) 清浦夏実
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